群馬の実家で末期がんで亡くなった母の死亡届けを出した時のこと

残りの時間をどのように過ごすかいろいろ考えたようで入院をするまでにやりたいことを全てやり尽くしたという

苦痛で歪んだ表情もなくまた起き上がってくるのではないかという雰囲気すら

そのような母でしたから、死んだという連絡があった時には嘘としか思えずに冗談ではないかと思ってしまったのです。母の亡骸も見た目に関してはやせ細ってはいましたが、苦痛で歪んだ表情もなくまた起き上がってくるのではないかという雰囲気すらありました。

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そのため、なかなか現実を受け入れることが出来なかったのですが死亡届けを出した時に初めて、死んでしまったのだなと実感することになったのです。紙切れ一枚提出するだけでしたが、それが逆に人の最期なのかなと思うとなんとも言えない気持ちになってしまいました。

亡くなる直前まで母は気丈に振舞っていて、本当に余命いくばくもない

母が末期がん

迫り来る死の恐怖に耐え母の強さを今になって本当に強く感じる

群馬の実家に久しぶりに帰ったのは、母が末期がんで亡くなったためでした。

母が末期がんだということは亡くなる少し前に知っていましたから、直接病院に訪れることはあっても群馬の実家に帰ることはありませんでした。亡くなる直前まで母は気丈に振舞っていて、本当に余命いくばくもない人間なのかと思うほどにしっかりとしていました。それでも日に日に衰えていくのははっきりとわかるもので、本人もそれを覚悟していたように思います。

群馬 葬儀

最後まで希望を持って前向きに

末期がんだとわかった時には、残りの時間をどのように過ごすかいろいろ考えたようで入院をするまでにやりたいことを全てやり尽くしたということで、後は短い療養生活に入っていました。入院してからもできることをできるだけやっていて、読書をしたり映画を見たり勉強をしたりと残された時間をフルに活用していたのです。
本人もこれから死んでいくのに勉強などして意味が無いけどねと笑っていたのですが、それでも望みを捨てずに最後まで希望を持って前向きに生きたことはとても素晴らしいことで果たして自分にできることだろうかと思ってしまいました。あるいは迫り来る死の恐怖に耐えるために、今できることをしていただけなのかもしれませんが、それでももう少ししたら死ぬかもしれないという時に、将来に繋がる何かをしていたという母の強さを今になって本当に強く感じるものです。